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東京地方裁判所 平成6年(ワ)307号 判決

原告

土田安夫

被告

帝都川崎自動車株式会社

主文

一  被告は、原告に対し、金六六万五四三七円及びこれに対する平成五年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを七分し、その六を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金四六二万六一五六円及びこれに対する平成五年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実及び証拠によつて容易に認定しうる事実

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成五年五月一日午前一〇時一五分ころ

(二) 場所 神奈川県川崎市川崎区駅前本町九―一先路上(以下「本件現場」という。)。

(三) 態様 本件現場において、訴外梶原俊英(以下「訴外梶原」という。)が、普通乗用自動車(タクシーである、登録番号「川崎五五あ四二三二」、以下「被告車」という。)を運転して、客待ちをするため、第二車線から第一車線にウインカーを出さずに車線変更したため、第一車線上を走行してきた原告運転の原動機付自転車(登録番号「幸区か二九六〇」、以下「原告車」という。)は、被告車に接触して転倒した。

その結果、原告は、頸椎捻挫、腰部挫傷、右肩・右肘・右足打撲の傷害を負つた。

2  責任

被告は、本件事故当時被告車の保有者であり、自己のためにこれを運行の用に供していたから、自賠法三条に基づき、本件事故により原告に発生した損害を賠償する義務がある。

3  損害の填補

原告は、被告から一五六万二二一七円(一一〇万〇九六七円について当事者双方に争いはなく、乙九によれば四六万一二五〇円の被告から原告への支払いが認められる)。

二  争点

1  過失相殺

被告は、訴外梶原が、客待ちをしているタクシーの最後尾につけようとして第二車線から第一車線に進路変更したから、原告は被告車の進路変更を容易に予想できたこと、原告は第一車線の右端を走行していたことなど原告にも落ち度があるから、少なくとも五パーセントの過失相殺がされるべきであると主張し、原告は、これを争う。

2  損害

原告は、本件事故による損害として、〈1〉治療費、〈2〉入院付添費等、〈3〉入院雑費、〈4〉通院交通費、〈5〉休業損害、〈6〉慰謝料、〈7〉弁護士費用を主張し、被告は、その額及び相当性を争う。

特に、被告は、原告には既往症があるので、原告の主張する損害の一部は本件事故と相当因果関係を欠くと主張し、原告は、これを争う。

第三争点に対する判断

一  本件事故態様

1  甲一ないし甲六、乙一一、証人梶原俊英の証言及び原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件現場は、JR川崎駅方面から国道一五号線方面に向かう、片側三車線、その幅員約八・九メートルのアスフアルト舗装されたほぼ平坦な道路で、制限時速は四〇キロメートル、終日駐車禁止の交通規制があり、車道の外側に幅員約九・六メートルの歩道が設置されている。

(二) 訴外梶原は、被告車を運転して、本件現場付近道路の第二車線を、JR川崎方面から国道一五号線方面に向けて時速約二五キロメートルで進行してきて、本件現場付近歩道よりの既に三台のタクシーが客待ちをしていた場所の最後尾に被告車を付けようとして、後方を確認せず、ウインカーを出さずに、時速約一五キロメートルに減速しながら、左にハンドルを切つて、第一車線から第二車線に進路変更しようとしたところ、前方約二・三メートルに至つて初めて第一車線に原告車を発見して急制動の措置を採つたが間に合わず、被告車の左後部フエンダー付近を原告車ボデイーに接触させて転倒させた。

(三) 原告は、原告車を運転して、本件現場付近道路の第一車線の中央よりも右寄りを、被告車と同方向に向けて並走するように時速約二〇キロメートルで進行していたところ、被告車が進路変更をしてきたため、避ける間もなく接触した。なお、第一車線上には、駐車車両が何台かあつた。

2  右の事実によれば、訴外梶原の、後方の安全確認もせず、ウインカーも出さずに進路変更した過失は明白で極めて重大である。一方、前方に客待ちのタクシーが駐車していたとしても、ウインカーも出していない車両が進路変更をして、その最後尾に付けることを予想するのは困難であるし、現場付近道路の第一車線上に駐車車両が何台かあつたというのであるから、原告が第一車線右寄りを進行していたとしてもやむをえないところであるから、原告には損害を減額すべき程の落ち度はないというべきで、被告の過失相殺の主張は理由がない。

二  原告の症状と本件事故との因果関係

1  甲七ないし甲一三、甲四七、乙一の一、二、乙二の一、二、乙三の一、二、乙四の一、二、乙五の一、二、乙六、乙七、乙八の一ないし六及び原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、二〇歳ころから腰痛を繰り返していたところ、平成四年一〇月ころ、富士見整形外科病院に受診したことがあり、また、平成五年三月九日、富士見整形外科病院で腰椎椎間板症との診断を受け、同月一五日から同院で入院治療を受けていた。原告の当時の症状は腰痛と下肢の放散痛であり、治療は主として保存療法であつた。その結果、原告の症状は、全体として軽快の方向へ向かつたことが窺えるものの、平成三年四月中旬以降においても痛みのために眠れない日が続いたり(四月一四日、同月一五日、同月二〇日、同月二六日)、四月三〇日も朝には強度の大腿部痛があつたが、原告は、五月初旬退院する予定にしていた。

(二) 原告は、平成五年五月一日、富士見整形外科病院から一時帰宅する途中に本件事故に遭い、同日、同院に受診したが、その日はそのまま帰宅し、同月六日になつて、同院に帰院し、入院を継続することになつた。その際、頸推捻挫、腰部挫傷、右肩・右肘・右足打撲の診断を受け、治療を継続したが、その内容は、主として保存的療法で、退院までほとんど変化はない。原告は、平成五年六月三〇日に退院しているが、この間一六日間外泊している。

(三) 入院中の原告の症状は、当初から主として、頸部痛、腰痛であつた。本件事故後、原告は特に頸部の痛みを強く訴えており、看護日誌には、腰部については軽い痛み(五月八日)、右腰部から大腿部にかけて痛み(同月一〇日)、右腰部痛はときどきあり(同月一二日)、右腰部痛はほとんど良い(同月一四日)、右腰部痛少し強い(同月一五日)、右腰部痛軽度(同月一七日)、右腰部から大腿部にかけて痛み上昇(同月一八日)、右腰部痛軽度(同月二〇日)などと記載され、その後、五月二五日ころから腰部痛は強くなり、六月に入り一時軽快したものの、良くなつたり悪くなつたりしながら持続した。また、頸部痛は、六月に入り一時快方に向かつたが、六月中旬以降退院までひどくなり持続した。

平成五年六月三〇日に富士見整形外科病院を退院後、原告は、引き続き同院で通院治療を受けており、その治療内容は、主として保存的療法であり、治療の頻度は、平成五年七月ないし九月はかなり頻繁に通院治療を受けているが、同年一〇月は一〇日間、一一月は六日間となつている。

(四) 原告のレントゲン所見によれば、頸椎については、第五、六頸椎に経年性の変形が見られ、第五/六頸椎板に狭小が認められたが、本件事故以前、原告に頸椎の症状は出ていなかつた。腰椎については、平成五年三月一六日と同年一〇月一四日のレントゲン所見に変化はない。

2  右の事実によれば、原告には、腰部につき、本件事故以前から入院を要する程度の腰椎椎間板症の既往症があり、入院中の看護日誌(乙七)の記載を見るかぎり、本件事故の直前と直後で腰部の症状に大きな変化はない。また、乙六によれば、原告は、本件事故により腰部の症状が悪化したと医師に訴えたようであるが、右に述べた事実に、本件事故の前後を通じて腰部のレントゲン所見に変化がないことや、原告が腰部の痛みを強く訴えるようになつたのが本件事故後約三週間を経過してからであること、延べ六一日間の入院中一六日間も外泊していること、医師によれば、腰部挫傷は通常三週間程度で治癒するとされていることなどの諸事情も併せて考慮すれば、本件事故により原告の腰椎椎間板症が悪化したとしても、本件事故の影響は大きくなかつたものといわざるえをない。

また、頸部について、原告は、本件事故以前痛みはなく、本件事故直後から強い痛みを訴えており、その痛みは、治療により次第に快方に向かつたものの、本件事故から一か月半を経過した六月中旬ころからひどくなり、そのまま一進一退を繰り返しながら持続したこと、医師によれば、頸椎の経年性変形等の症状が本件事故によつて発現した可能性がある(乙六)とされていることなどからすれば、原告の頸椎捻挫の治療が長期化したことについても原告の頸椎の変形が若干寄与していたことは否定できない。

これらのことから、原告の症状のすべてが本件事故によるものということはできず、原告に生じた損害の四〇パーセントを減ずるのが相当である。

三  損害

1  治療費 五六万五五七五円

(請求 同額)

甲九ないし甲一三によれば、右のとおり認められる。

2  入院付添費等 三万〇〇〇〇円

(請求 一三万七一〇〇円)

甲三一ないし甲三三、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告の妻は、原告の入院中三六日間にわたり、午後四時半から八時にかけて原告の身の回りの用事を行うなどの付添看護をしていた事実が認められるが、前認定の原告の受傷の程度、入院期間、入院中の外泊の状況等に照らせば、入院期間中、付添看護が必要であつたということができるのは、せいぜい一〇日間で、その費用として一日あたり三〇〇〇円が相当であるから、右のとおり認められる。

なお、このための交通費は、付添看護費に含まれ、別途算定しない。

3  入院雑費 七万三二〇〇円

(請求 七万九三〇〇円)

前記のとおり、原告は六一日間入院し、入院雑費として、一日あたり一二〇〇円が相当であるから、右のとおり認められる。

4  通院交通費 六万一五六〇円

(請求 同額)

甲三五ないし甲四〇によれば、右のとおり認められる。

5  休業損害 一六六万五七五五円

(請求 二八八万三五八八円)

前認定の入通院期間へ甲四二の一、甲四七及び原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故後平成五年五月六日から同年一〇月二七日までの一七五日間休業を余儀なくされたこと、本件事故の前年(平成四年)の原告の年収は三四七万四二九〇円であつたことが認められる(なお、原告は、平成四年の年収は五一九万九二五〇円であつたと主張するが、原告提出の各証拠によつてもこれを認めることはできない。)から、原告の休業損害は次のとおりとなる(円未満切捨て)。

3,474,290÷365×175=1,665,755

6  慰謝料 一一五万〇〇〇〇円

(請求 一五八万円)

本件事故に遭つた際、原告が被つた恐怖、苦痛、本件事故による受傷のために入院六一日間、通院延べ一四三日間にわたる治療を余儀なくされたことなど一切の事情を総合的に考慮すれば、慰謝料として右額が相当である。

7  合計 三五四万六〇九〇円

8  既往症による減額

前記のとおり原告の損害の四〇パーセントを控除すると、二一二万七六五四円となる(円未満切捨て)。

9  損害の填補

右8から前記のとおり、既払額一五六万二二一七円を控除すると、その残額は、五六万五四三七円となる。

四  弁護士費用 一〇万〇〇〇〇円

本件訴訟の経緯に鑑み、弁護士費用として右額が相当である。

五  合計 六六万五四三七円

六  以上の次第で、原告の本訴請求は、右五記載の金額及びこれに対する不法行為の日である平成五年五月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、原告のその余の請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松井千鶴子)

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